◆もがく巨大な生き物

「なんだ、これは!」

 それは全体がピンク色のうすい膜に覆われていた。膜を透して、巨大な生き物が手と足を丸めて水の中に浮きながら眠りこけているのが見えた。人間のようでもあり、人間のようでもなかった。ドクンドクンという音はそこから聞こえてきた。

 シラーフは懐中電灯を照らしながら、その巨大なものをじーっと眺めていた。気持ちよさそうな顔をして何の不安気もなく眠り続ける姿に何かしら深い感動をおぼえた。

「この光景はずっと以前に見たことがあるような気がする」

 いつだったのか、思い出そうとしたが、ムダだった。記憶というよりは皮膚感覚に近かったからだ。それも心地よい皮膚感覚だった。暖かくて眠りたくなるような心地よい皮膚感覚だった。その心地よさに時が過ぎていくことをしばしシラーフは忘れていた。

 その時である。突然、

「ビービービー」

 と、すぐそばで警報音が鳴った。みると、出発の際にスカルピー教授から渡され胸につけていたバッジがピカピカ点滅して音を発しているのがわかった。



「?」

 教授からはバッジの説明は何も受けていなかった。何のために鳴り始めたのか、シラーフにはわからなかったが、何かイヤな予感がした。

 ドクンドクンという規則正しいリズムにまず変化が起きた。ドッドッドッと早くなったのだ。

「ミス・ハートの時の事件と同じだ!」

 と、シラーフが思うのとほとんど同時に、今度はあの巨大な生き物が揺れ動き始めた。目は相変らずつむってはいたが、顔からはそれまでの気持ちよさそうな表情が消え、むしろ苦痛にゆがめられているのがわかった。

「アルコール・ルパン!?」

 シラーフはとっさにそう思った。

「そうか、このバッジは、ルパンが近づいた時に鳴る警報装置かもしれない。教授が対ルパン用に作ってくれたものにちがいない。すると、今、ルパンが膜の中に侵入して、この生き物を襲っていることになる」

 しかし、シラーフにはどうすることもできなかった。ちょっとした散歩のつもりでトラベル号に乗ったために何も持ち合わせていなかったからだ。

「ルパンを目の前にして、手も足も出せないのか。クソ!残念だ」

 生き物は顔を真っ赤にして、もがき苦しんでいた。シラーフは、ただただそれを黙って見ているしかほかに方法がなかった。シラーフはこの屈辱を忘れまいと心に誓った。