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アルコール関連問題

厚生労働省の「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」とASKの方針

2024年2月19日、厚生労働省が「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表しました。

飲酒量は純アルコール量(グラム)で把握すること、そして「飲酒量が少ないほど、飲酒によるリスクは少なくなる」ことを示したのが、今回の飲酒ガイドラインの眼目です。
また、飲酒のリスクを幅広く取り上げ、飲酒量と疾病別リスクを表にし、健康に配慮した飲酒の仕方まで丁寧に解説しています。ある意味、画期的です。
ただ、「低リスク飲酒」の指標が示されなかったため、「リスク飲酒」(生活習慣病のリスクを高める量=1日当たり男性40g以上、女性20g以上)まで飲んでいいという誤解が広まる恐れがありました。そのため、アルコール健康障害対策関係者会議での討議とパブリックコメントを経て、「これらの量は個々人の許容量を示したものではありません」との但し書きなど、いくつかの修正が加えられました。
しかし公表後の報道を見ると、残念ながら、テレビは心配したとおりの内容になっていました。一方、新聞は少量リスクを強調するものが大半でした。肝心かなめの飲酒量について、報道の方向性が二手に割れたのです。本来ガイドラインとしては、あってはならないことです。
とはいえ、大きな功績もありました。ガイドライン公表前後に、酒類メーカーが続々と「ストロング系」からの撤退を表明。まだ文字が小さいですが、酒類業界はすでに、缶容器への純アルコール量の表示も行なっています。世界の潮流である低アルコール・ノンアルコール路線を、飲酒ガイドラインが加速させるかもしれません。

参照:「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」公表後の報道についての考察

さて、今回の飲酒ガイドラインについて、長年啓発に取り組んできたASKの立場から解説し、今後の方針を示します。

 

「節度ある適度な飲酒」が消えた

「節度ある適度な飲酒」(1日当たり20g程度/女性・高齢者・お酒に弱い人はより少なく)は、2000年にスタートした第一次健康日本21で周知目標とされ、自治体・関係機関だけでなく酒類業界も長年啓発に努めてきた「低リスク飲酒」の指標です。
これは、まったくお酒を飲まない人と比べて、少量の飲酒をする人のほうが死亡率が低いという研究(Jカーブと呼ばれる)がベースになっていました。けれど、過去に飲酒していてお酒をやめた人の存在など、さまざまなバイアスを丁寧に補正し取り除くことで、Jカーブは世界的に否定されるようになってきました。
そのため、今回の飲酒ガイドラインでは「低リスク飲酒の明確な指標を示すことは困難」との理由で、使われませんでした。
以下の表は、飲酒ガイドラインに掲載されている「わが国での研究結果による疾病別リスクと飲酒量(純アルコール量)」をASKでわかりやすくまとめ直したものです。1日20g以下でもリスクが上る疾患が数々あるのがわかります。このことをタイトルで大きく取り上げた報道も多くありました。

ただ、低リスク飲酒の指標がないことは、飲酒する場合の目安がわかりにくいというデメリットをもたらしました。上記の疾病別リスクと飲酒量は複雑すぎます。
実際、公表後の報道によって、リスク飲酒の指標(生活習慣病のリスクを高める量)まで飲んでいいという誤解が広まっています。男性は1日当たり40gまでとなると、節度ある適度な飲酒の2倍の量です。せっかく「飲酒量が少ないほど、飲酒によるリスクは少なくなる」というメッセージを込めたのに、本末転倒です。
多量に飲酒している人に対しては、1日当たり40gは減酒の目標として現実的かもしれません。でもガイドラインは、20歳の若者を含む一般国民への指針であり、この誤解が広まるのは公衆衛生上の大問題です。

ASKの啓発の方針

以上の理由から、ASKでは1日当たり20gの指標を、「翌日に持ち越さない飲酒の目安」として今後も用いていく方針です。ASKは飲酒運転防止活動の中で飲酒量の啓発をすることが多いので、翌日に持ち越さないという視点は大切です。
ただし、1日当たり20gでも、毎日飲んでいると健康リスクがあることはしっかり伝えていきます。飲酒量と疾病リスクの表を活用して少量リスクを具体的に見せ、休肝日を増やすことを提唱します。そして、飲酒ガイドラインにあるように、女性・高齢者・お酒に弱い人に加え、20代の若者もリスクが高いことも伝えます。
またリスク指標として、引き続き以下の3つを使います。
生活習慣病のリスクを高める量」(1日当たり男性40g以上、女性20g以上)。第三次健康日本21でも低減目標になっていることを伝えます。40gは睡眠に影響が大きいことも。
一時多量飲酒」(1回の飲酒機会で純アルコール摂取量60g以上)。飲酒ガイドラインでも「外傷の危険性も高めるものであり、避けるべきです」となっています。
多量飲酒」(1日に60g超)。第一次健康日本21で示された指標で、飲酒運転との関連も深く、アルコール依存症にもつながるキケンな飲酒のあり方です。
これに、「飲むのはNG」を加えたものを、「飲酒の0123」とします。

飲酒ガイドラインの全体像

以下は、飲酒ガイドラインの全体構成です(文言は簡略化しています)。
先述したように、アルコールのリスクについて多角的に記述しています。年齢の違いでは、高齢者だけでなく20代の若者のリスクにも触れています。行動面のリスクでは、機器の利用や高所での作業、他社とのトラブル・暴力行為、紛失物など事細かく記しています。
ぜひお読みください。
厚生労働省のサイトからダウンロードできます。

 

「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」の全体構成

1趣旨

2本ガイドラインの内容

3飲酒による身体等への影響

(1)アルコールの代謝

(2)飲酒による身体等への影響

➀年齢の違い ➁性別の違い ➂体質の違い

(3)過度な飲酒による影響

➀疾病発症等のリスク ➁行動面のリスク

4飲酒量(純アルコール量)と健康に配慮した飲酒の仕方等

(1)飲酒量の把握の仕方

(2)飲酒量と健康リスク

(3)健康に配慮した飲酒の仕方

➀自らの飲酒状況の把握 ➁あらかじめ量を決める ➂飲酒前・飲酒中に食事 ➃間に水・低濃度 ➄休肝日

5飲酒に係る留意事項

(1)重要な禁止事項

➀法律違反 ➁特定の状態(妊娠中・授乳中等)

(2)避けるべき飲酒等

➀一時多量飲酒(60g以上) ➁飲酒の強要 ➂不安や不眠の解消 ➃病気療養中や服薬後 ➄運動・入浴等

(表1)我が国における疾病別の発症リスクと飲酒量(純アルコール量)
(表2)海外のガイドラインに記載のある飲酒量(純アルコール量)

焦点になっている「4飲酒量(純アルコール量)と健康に配慮した飲酒の仕方等」と「(表1)我が国における疾病別の発症リスクと飲酒量(純アルコール量)」の全文は、以下です。

(2)飲酒量と健康リスク

世界保健機関(WHO)では、アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略{25}を示しており、また、循環器疾患やがん等の疾患の予防コントロールのため、アルコール有害使用の削減に関する目標なども含めた行動計画{26}を発表しています。さらに、飲酒量(純アルコール量)が少ないほど、飲酒によるリスクが少なくなるという報告もあります{27,28,29}

個々人が疾患などの発症リスクにも着目するなどして、健康に配慮することが重要であると考えられます。例えば、高血圧や男性の食道がん、女性の出血性脳卒中などの場合は、たとえ少量であっても飲酒自体が発症リスクを上げてしまうこと、大腸がんの場合は、1日当たり20g程度(週150g)以上の量の飲酒を続けると発症の可能性が上がる等の結果を示した研究があります。これらの研究結果に基づく疾病毎の発症リスクが上がる飲酒量(純アルコール量)については、表1に示したものが参考となります。

飲酒による疾患への影響については個人差があります。従って、これらよりも少ない量の飲酒を心がければ、発症しないとまでは言えませんが、当該疾患にかかる可能性を減らすことができると考えられます。

なお、飲酒の影響を受けやすい体質を考慮する必要がある場合などには、より少ない飲酒量(純アルコール量)とすることが望まれます。飲酒は疾患によっても、臓器によっても影響が異なり、個人差があります。かかりつけ医等がいる場合には、飲酒についての相談をすることも有用です。飲酒量(純アルコール量)が多くなることは、病気や怪我の可能性を高める{30,31}だけでなく、飲酒後の危険な行動につながる可能性も高くなります。これらを避けるよう、飲酒量(純アルコール量)に注意していくことが重要です。

その他の参考として、国内では、第2期計画において、「生活習慣病のリスクを高める量(1日当たりの純アルコール摂取量が男性40g以上、女性20g以上)を飲酒している者の割合を男性13.0%、女性6.4%まで減少させること」(※)を重点目標として示しています。 また、令和6年度開始予定の健康日本21(第三次)では、「生活習慣病(NCDs)のリスクを高める量(1日当たりの純アルコール摂取量が男性40g以上、女性20g以上)を飲酒している者の減少」(※)を目標とし、男女合わせた全体の目標値として10%を設定し、健康づくりの取組を推進することとしています。

※これらの量の飲酒をしている者の減少を目標としたものです。なお、これらの量は個々人の許容量を示したものではありません。

(参考)海外で作成されたガイドラインでは、表2にある通り、1日20gから40g程度の飲酒量(純アルコール量)など、各国毎に異なった量も示されています。

(表1)我が国における疾病別の発症リスクと飲酒量(純アルコール量)(参考文献)

注:上記の飲酒量(純アルコール量)の数値のうち、「研究結果」の欄の数値については、参考文献に基づく研究結果によるもので、これ以上の飲酒をすると発症等のリスクが上がると考えられるもの。「参考」の欄にある数値については、研究結果の数値を元に、仮に7で除した場合の参考値(既数)。「0g<」は少しでも飲酒をするとリスクが上がると考えられるもの。「関連なし」は飲酒量(純アルコール量)とは関連が無いと考えられるもの。「データなし」は飲酒量(純アルコール量)と関連する研究データがないもの。「※」は現在研究中のもの。なお、これらの飲酒量(純アルコール量)については、すべて日本人に対する研究に基づくものとなります。

 

ガイドライン策定から公表までの経緯

ASKの活動の一環として、経緯を記録しておきます。

1.第2期アルコール健康障害対策推進基本計画」に作成が明記された(2021年3月策定)

➀ 教育の振興等(4)広報・啓発の推進 ①飲酒に伴うリスクに関する知識の普及の推進

国民のそれぞれの状況に応じた適切な飲酒量・飲酒行動の判断に資するよう、飲酒量をはじめ、飲酒形態、年齢、性別、体質等によってどのようなリスクがあるのか等、具体的で分かりやすい「飲酒ガイドライン」を作成する。また、飲酒習慣のない者に対し、飲酒を勧奨するものとならないよう留意しつつ、様々な場面での活用、周知を図る。

➁ 不適切な飲酒の誘引の防止(表示)

酒類業界は、いわゆるストロング系アルコール飲料の普及が進んでいることや、1(4)①の「飲酒ガイドライン」の内容、活用・周知の状況も踏まえつつ、酒類の容器にアルコール量を表示することについて速やかに検討を行う。

2.飲酒ガイドライン作成検討会」と「アルコール健康障害対策関係者会議」での討議(2022年10月~2023年9月)

厚生労働省アルコール健康障害対策推進室は、2022年10月から2023年7月にかけて、専門家によって構成された「飲酒ガイドライン作成検討会」を4回開催。承認された案を、9月の第29回関係者会議に提出した。しかし案には飲酒量の指標が「生活習慣病のリスクを高める量(1日当たりの純アルコール量が男性40g以上、女性20g以上)」しか示されず、「これよりも少ない量での飲酒を心がけることは、生活習慣病のリスクを減らすことにつながると考えられます」と記載されていたため、それ以下ならよいとの誤解を広めると多くの委員が反対した。
なぜなら、2000年開始の第一次健康日本21以来、全国の自治体と関係機関は、飲む場合は「男性は1日当たり20g程度、女性・高齢者・お酒に弱い体質の人はより少なく」を低リスク飲酒(節度ある適度な飲酒)の目安として、周知に努めてきたためである。生活習慣病のリスクを高める量まで飲んでいいという認識が広がると、男性の適量は一気に2倍に増えてしまう。誤解を招かぬよう、「ガイドラインにはリスク飲酒の指標だけでなく、低リスク飲酒の指標を入れるべき」との意見が相次いで、同案は作成検討会に差し戻しとなった。

3.パブリックコメント前後(2023年11月~2024年1月)

飲酒量と疾病リスクの表と記述などを加えた修正案(低リスク飲酒の指標は入らず)が作られ、11月開催の飲酒ガイドライン作成検討会で了承。12月11日~28日までパブリックコメントにかけられた。
パブリックコメント後の1月下旬、関係者会議委員に対してオンラインで個別説明があった。
酒類業界と依存症関連業界の双方から227件のコメントが寄せられた。多くの団体が、低リスク飲酒の指標として、国立高度専門医療研究センター6機関の連携による、疾患横断的エビデンスに基づく「健康寿命延伸のための提言(第一次)」の指標(飲む場合は、1日あたりの飲酒量は、男性でアルコール量に換算して約23g程度、女性はその半分に抑える)を入れるよう要望したが、以下の理由でかなわなかった。
➀WHOが「飲酒は短期及び長期の健康影響があり、幅広い人々に当てはめることが可能な低リスク飲酒を定義するのは困難」としている
➁現状ある最新の日本人の飲酒と疾病等に関するエビデンスにおいては、低リスク飲酒の明確な指標を示すことは困難と考えられる
ASKからは、40gの独り歩きを防ぐため、せめて、生活習慣病のリスクを高める量について「これ以下ならよいという指標ではない旨の但し書き」をつけること、疾病リスクと飲酒量の表に1日当たりの量も入れて把握しやすくすることなどを強く要望した。

4.飲酒ガイドライン(案)の報道(2023年9月~1月)

9月の関係者会議での議論、11月の作成検討会案の公表、12月~1月のパブコメの前後と、飲酒ガイドライン案は折々に報道されてきた。この時点ですでに、報道の内容は40gの独り歩きを助長するもの(毎日新聞、NHK、TBS、テレビ朝日系、読売新聞)と、そうならないよう配慮したもの(時事通信、朝日新聞、共同通信、日本テレビ)の二手になっており、ガイドラインの内容を修正して、40gの独り歩きを防ぐことが最重要の課題だった。

5.厚生労働省「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表(2024年2月19日)

ガイドラインは、生活習慣病のリスクを高める量に「※これらの量の飲酒をしている者の減少を目標としたものです。なお、これらの量は個々人の許容量を示したものではありません。」という但し書きが記載され、疾病別の発症リスクと飲酒量の表には1日当たりの量が参考として付記された。
しかし、テレビはわかりやすい「生活習慣病のリスクを高める飲酒」を中心に取り上げ、独り歩きを止めることはできなかった。それでも、少量リスクを中心にした報道のほうが多いなど、一定の抑止効果は果たしたと考えられる。

――厚生労働省のサイトより
●「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表します(2024年2月19日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_37908.html

●意見の募集(パブリック・コメント)の実施結果について(2024年2月19日)
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000269197

●健康に配慮した飲酒に関するガイドラインについて(2024年4月4日)
※みんなに知ってほしい飲酒のこと(広報資料)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_38541.html