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目次
 

熊本大学医学部漕艇部の新入生イッキ飲ませ死亡事件
<高裁逆転勝訴までの経緯>

原告代理人 浅野晋(弁護士)


事案の概要

【1】背景事実
◆平成11年4月、吉田拓郎君は熊本大学医学部に入学し、漕艇部に入部した。拓郎君は昭和54年5月29日生れであり、本件事件当時20才になったばかりであった。
◆平成11年6月5日、漕艇部の新入生歓迎会が行われた。一次会は中華料理店で行われ、その後「ひゃくしょう茶屋」という居酒屋で二次会が行われた。この二次会で事件が起きた。
◆二次会には、漕艇部の新入生10名を含め、上級生、漕艇部の部長である教授(現在は熊本大学医学部長)や医師であるOBら計52名が出席し、午後9時40分頃から始まった。
◆漕艇部の新入生歓迎会は、例年新入生を酔い潰す「伝統」があり、毎年泥酔者がでて、過去には救急車を呼ぶ事態も生じていた。そしてこの年も、そのような「伝統」に応じてキャプテンなど漕艇部の幹部(上級生)は、酔い潰れた新入生の世話をする「世話係」や、酔い潰れた新入生を泊まらせる部屋、そこに車で運ぶための運び役などを予め決め、二次会場では新入生の貴重品を預かり、また泥酔した新入生が嘔吐する場合に備えてビニール袋を用意するなどの準備をしていた。


【2】二次会における飲酒形態
◆二次会が始まって間もなく新入生は自己紹介をさせられたが、自己紹介後手に持ったグラスの中身(多くは焼酎)を一気に飲み干すのが漕艇部の新入生自己紹介の伝統的やり方であった。
◆その後、上級生やOBらが、新入生に対し「早飲み競争」を仕掛けた。この「早飲み競争」というのは、対面した二人がグラスを一気に飲み干し、その早さを競うものであり、飲み干すのが遅かった者は更に別の者と早飲み競争をするというものであった。この早飲み競争の際に、周囲から手拍子や「もう一回、もう一回」といったはやし立て行為がなされた。
◆新入生と早飲み競争をした上級生の中には、新入生のグラスには焼酎が入っているのに、自分のグラスにはこっそりと水を入れて早飲み競争をした者もいた。(なお、新入生はこのことを知らなかった。)
◆拓郎君は、分かっているだけで6名の上級生・OBから早飲み競争を仕掛けられた。このうち3名の上級生は、自分では水を飲んでいた。
◆部長である教授は、二次会に出席し、このような早飲み競争や、それによって新入生が泥酔状態となったことを現に目撃しながら、これを制止することをしなかった。


【3】新入生・拓郎君の酩酊状態
◆新入生の殆どが泥酔状態となり、拓郎君と同様にトイレの中で寝込んだ者もいる。二次会終了後、新入生の1人は車で送られて自宅に戻ったが、残り9名は世話役・運び役の上級生によってあらかじめ準備されたアパートに運ばれている。なお、拓郎君が運ばれたアパートには、拓郎君のほか2名の新入生が運ばれている。
◆早飲み競争後拓郎君は高度の酩酊状態となり、上級生が吐かせようと拓郎君をトイレに連れて行ったが、拓郎君は洋式トイレに入って中から鍵をかけてしまった。その後ほかの上級生もやってきてトイレの鍵を開けたところ、拓郎君はトイレの床に座って便器のふたに顔を載せるようにしていた。
◆その後、拓郎君は二次会場に連れ戻されたが、すでに1人では上体を支えられず上級生に抱き抱えられており、渡されたグラスも落としてしまうという状態であった。この時、OBの医師が拓郎君の眼を開けてみて「これはもう飲めないだろう。連れて帰った方がいいよ。」と言っている。
◆その後、拓郎君は二次会場の外の廊下に運ばれ廊下で寝せられていたが、この時すでに全く意識を失った状態であり、上級生が呼び掛けたり頬を叩いたりしても全く反応がない状態であった。そしてこの時廊下を通りかかった他校の学生が、拓郎君の様子を見て、「返事がなかったら急性アルコール中毒ですよ」と言っている。
◆その後、上級生が拓郎君の手足を持ってひゃくしょう茶屋から運び出し、車が来るまで路上に寝せていたが、その間も上級生は呼び掛けたり頬を叩いたりしたが何の反応もなく、また飲み物を飲ませようとしても嚥下できず口からそのまま流れ出るような状態であった。


【4】救急病院へ運ぶようにとの話もあったが……
◆路上に寝せられた拓郎君は、頬を叩いたり呼びかけたりしても反応しない状態だったため、心配した上級生が、運び役の者に地域医療センター(救急病院)に連れて行くように言い、そこへの道を知っている者を道案内役として車に同乗させた。
◆しかし、運び役の者は、「病院沙汰に毎年なっているから、今年はない方がいいなと。」「行かなければ、それで済むかなと」考え、同乗した道案内役に「なあん大丈夫て、寝せときゃ死にゃせんが」と言って、病院へは連れて行かず、拓郎君をアパートに連れて行ってしまった。
◆その後、そのアパートには他の2名の新入生も運び込まれた。この二人とも泥酔状態であったが、運び役は部屋の中に「鍵はポストに入れておく。やばくなったら部員(二年生)に電話しろ」と書いたメモを残している。


【5】上級生の見回り
◆二次会終了後、道案内役の上級生は母親の車で自宅に戻ったが、車中で拓郎君のことが気になり、その様子を母親に話した。すると、母親は看護師であるが、「大丈夫なの?」と、拓郎君の状態を懸念する言葉があったことから、その上級生は心配となり、帰宅後他の上級生(副キャプテン)を誘って、アパートに見回りに行った。
◆この見回りは3回しているが、拓郎君が特に苦しんでいる様子もなかったため、午前3時頃の見回りを最後に帰宅した。
◆見回りをした際、嘔吐していたため拓郎君の口の中を拭ったり、拓郎君の上体を起こして吐かせようとしたが、拓郎君の意識は全く戻らなかった。
◆この間、この上級生は、アパートの近くにある天神内科という医院の呼び鈴を押そうかとしている。

【6】遺体発見
◆翌6月6日の朝9時頃、同室に寝せられていた他の新入生が目覚めて拓郎君の異変に気がつき救急車を呼んだが、死亡していることが確認された。
◆拓郎君の顔や床には、嘔吐の跡があった。
◆死亡推定時刻は、朝6時〜7時頃である。


死因
◆検視時に採取された血液検査で、血中アルコール濃度は5.5mg/mlであった。アルコールの致死量は、文献により若干の違いがあるが、4.5mg/ml以上になると「瞳孔散大し、呼吸麻痺あるいは心機能不全で死亡する。」とされている。
◆検視報告書では、死因は「急性アルコール中毒による吐物誤嚥による窒息死」とされた。
・しかし、血液検査でアミラーゼ値が2473IU/lと高値であったこと、遺体の体温が39.2度Cと高体温であったことから、被告側は拓郎君の死亡原因は急性アルコール中毒ではなく「急性膵炎」であると主張し、一審(熊本地方裁判所)では死因を巡る医学論争となった。

 
一審(熊本地方裁判所)
◆一審は、平成11年12月6日に提訴、平成16年4年12月17日に判決があった。
◆被告は、漕艇部の部長である医学部の教授、キャプテン、副キャプテン、運び役など19名。
◆判決では、死因について急性アコール中毒なのか急性膵炎なのかわからないとし、これを受けて被告らの責任についても否定し、吉田さん敗訴の判決をくだした。


二審(福岡高等裁判所)
◆平成18年11月14日判決
◆死因については、拓郎君の遺体が病理解剖されていないため、急性アルコール中毒なのか急性膵炎なのか「いずれとも断定することはできない」としたが、大量に摂取された「アルコールが、拓郎の死亡という結果に相応の影響を及ぼしたであろうと考えるのが自然かつ合理的であって、このことを否定するのは経験則に反することといわなければならない(仮に、被控訴人らが主張するとおり、拓郎の直接の死因が重症急性膵炎であったとしても、その発症ないし悪化にアルコールの影響がなかったとは断じ切れないし、飲酒の影響がなければ、自ら症状を訴えるなどして、死亡には至らなかったと考えられる。)」と判示し、早飲み競争などのイッキ飲ませによる重度酩酊と死亡との間の因果関係を認めた。
◆その上で、二次会のかなり早い時点で高度に酩酊し意識を喪失するまでの状態となった拓郎君について、「可及的速やかに然るべき医療機関に搬送して医師の診察を受けるか、さもなくば、最大限の責任を持って拓郎の観察を続け、有事の際には直ちに医師の診察を受けられる態勢を整えることが肝要である。」、「……拓郎を宿泊場所に搬送するべく二次会場から運び出して以後の関係者の判断及び措置については、拓郎の生命身体に対する安全の確保という観点からするときは、問題があったものといわざるを得ない。」とし、部長である山本教授については、「被控訴人山本は一次会の終了時にわざわざ二次会における飲酒の在り方について注意を与えたのである(が)……それも主として新入生に対するものであって、その意味において、これらの注意は不徹底なものであったといわなければならない。真に上記のような危惧を払拭したいということであればむしろ新入生に酒を勧める側の上級生らにこそ注意を促すべきであるし、より根本的には早飲み競争とそれに伴う一気飲みそのものを禁止すべきだったのである。」、「……そのような乱暴な態様の飲酒を伴う場を提供した者としては、それによってもたらされる新入生らに生じることあるべき危険性に十二分に思いを巡らせ、およそ飲酒による事故が発生することのないよう万全の注意をもって臨まねばならないものというべきである。上記の通り、本件歓迎会に最終的かつ最高の責任を負うべき被控訴人山本及び竹村(注:キャプテン)には上記のような意味における注意義務があるものといわなければならない。」と判示し、山本教授やキャプテン、上級生らが拓郎君に対する「安全配慮義務」に違反したとして、山本教授及び7名のキャプテンら上級生に対し合計1314万円余りの損害賠償責任がある事を認めた。

 
高裁判決の意義
◆高裁判決は、急性アルコール中毒により高度の酩酊状態となった人に対し、関係者が安全配慮義務があることを判示した初めての判例である。
◆これは当然と言えば当然のことであるが、判例でこれがはっきりと認められた意味は大きい。
◆高裁判決に対しては山本教授、上級生らから上告、上告受理申立があり、これに対し遺族の側でも附帯上告、附帯上告受理申立を行った。
◆最高裁は、平成19年11月8日、上告を棄却し、判決が確定した。
◆今後は、この判決が先例となり、類似の事案が審理されるときは、さらに進んだ判断がなされるものと思われる。

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