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目次
 
私たちはなぜ、学生たちに
「飲ませた責任」を認めさせたか
石谷 師子さん(イッキ飲み防止連絡協議会 代表)
思わず息を飲んだ。

「僕は3年生は殺人者だと思ってます。僕も一歩誤れば死んでました」……電話の向こうからの思いがけない言葉だった。彼は、直之の死と、3年生の態度、先輩をかばう1年生の態度に腹を立て、合宿から帰るとただちにサークル(首都圏7大学の学生で構成)をやめていた。

1995年9月、私は直之の死のみぎわを共にした一人一人に会いたくて電話をした。どんな子たち?……直之とどんな話をしたの?……何があったの?……直之はイッキ飲みは嫌いだ、と言っていたのに、どうして?

警察からは「急性アルコール中毒による急性心不全」以外知らされていなかったから、「イッキ飲みで死亡」と報じるお葬式の日の朝刊はただただ驚きであり、他人ごとにすら感じた。3年生4人から納骨式を前に届いた手紙には、「残念」の言葉はあっても謝罪はなく、納得できるはずもなかった。

直之が亡くなった2週間後、3年生5人の母親が自宅に来た時、1人の母親は言葉少なに言った。「息子が大学生になったとき、新聞にイッキ飲みの特集が載って……息子が被害に遭わないように、と心配しました。3年生になって、まさか息子が加害者になるとは……許してやってください……」

他の母親たちは、イッキ飲みの本質、<イッキ飲ませ>の実態がわからず、息子たちも自分の行動を親には言わない、否、言えないから、「息子たちは伝統に従って先輩のした通りのことをしただけ。直之君は喜んで合宿に参加、イッキ飲みはその場のことで、暴力的に押さえつけて飲ませていない、と聞いて安心した」と言った。学生たちはあちこち動き回っていたにもかかわらず、「うちの子は席が離れていたので関係ない」と言う母親もいた。

どんなにつらいことが出てきても<すべて>を受け入れる覚悟で、学生たち全員に会おうと思った。

30人全員の声を聞くのに1年かかった。みんな不在がちで、やっと電話が通じても、講義やアルバイトなどで時間がとれないと言った。それでも一人一人の顔を確かめて話を聞きたかった。重くなる心で受話器も重く、小半時もただ電話をながめていた。学生たちの都合に合わせたため、夫は仕事をやり繰りした。2時間ほど会っての別れぎわ、「協力できなくてすみません」と言った1年生の気持ちを思った。

言いたくないことはそれ以上聞かなかった。何でもない話も全部そろうと、かなり様子が見えてくる。「注ぎつ、注がれつ」の飲み会ではなく、「飲ます、飲まされる」会であったことを知った。

学生だから、殺そうとして飲ませたわけではないから、代表者の土下座だけでいいのだろうか?……起こした結果への<償い>は?……どんなことをしても、直之は還ってこない。還ってこないからこそ、その命の重さは……と苦悶した。

17人の1年生全員に会えての帰り、黄金色の空に黒富士が鮮やかだった。斜面にかかる雲が、黒い拳を振り上げるように縁を輝かせていた。夫は一言「泣き寝入りはやめよう」と言った。

<飲ませた責任>を認めた謝罪をしてほしい……。浅野晋・山本政明両弁護士に気持ちを整理していただき、代理人をお願いした。

命に値段はつけられない。損害賠償金を理解するのは苦しかったが、起こした結果に対する社会的・法的な<けじめ>として、応じなければ裁判へ、の決意を持って、5人の3年生に対して和解を申し入れた。直之が先輩を信頼した部分に応え、責任を自覚してほしかった。

弁護士が「加害者の将来に配慮しつつ、かつ、ある程度の痛みを分かち合う最低額」として示した賠償金は2,500万円(1人500万円ずつ)。これは命の値段ではなく、死を引き起こした<責任>に対する金額の一部である、と思った。

1996年6月、祥月命日。この日、名古屋で起きたイッキ飲ませ事件を近く告発するという記事が新聞に大きく載った。死者たちの思いをひりひり感じた。

この告発の影響もあり、7月下旬までに全員の和解受諾の返事がそろった。

8月、和解契約書の文言で苦しむ。<責任を認めて謝罪し損害賠償金を支払う>で法的には十分だが、責任の核である<飲酒の強要>だけは認めさせたい。

やっと1997年1月までに5人との和解が成立。直之が亡くなって1年8カ月……早かったのか、遅かったのか。胸のうちの複雑な思いは言葉に表わしようもない。<直之の死>が5人の人生の原点であってほしい。賠償金はASK等に寄付し、イッキ防止や啓発に使われている。

アルコールは、凶器になる。<飲ます・飲まされる>という関係の中で死者が出る。本人の「意思」で飲んだとされ、不問に付されてきた<飲ませる側の責任>を見つめ、事件の根を断ち、死者たちの思いに応えたかった。

「イッキ飲ませ」は人間関係文化の貧しさやゆがみであり、いじめの構造である。防げる死であるからこそ、今後1人も被害者にも加害者にもなってほしくない。
 
先輩の酒は拒むを許さじと

生の焼酎を新入生に強ひき

うち倒れ部屋に運ばれ放置され

わが孫の死を誰も気付かず

(直之の祖母・石谷 てい)
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