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目次
 
意識不明の「コンパ長」は、
なぜ放置されたのか?

2012年7月27日、東京大学二年生の高原滉さんがサークル「グリーンテニスクラブ」のコンパで大量に飲まされた末に放置され、亡くなった事件。ご両親が学生二一名の責任を問う民事訴訟が始まっている。原告代理人は山本雄一朗弁護士(ASK運営委員)。
■このサークルでは極端に危険な飲酒が常態化し、それが「伝統」として引き継がれていた。事件当日、何度もの間違った選択が重ねられ、若者の命が奪われた。
■なぜこんな悲劇が繰り返されるのか――。事件の経緯と背景をまとめた。【編集部】

「コンパ長」という役目
 高原滉さんが前任の先輩から指名されて引き継いだ、グリーンテニスクラブの「コンパ長」という職責。週4回の練習後、ほぼ毎回行なわれるコンパの準備や進行に加え、率先して飲んで場を乗り上げる役目だ。滉さんは酒が好きなわけでも強いわけでもなく、家ではまったく飲まなかったが、指名を断われなかったという。  渡された「コンパ長ノート」には、こんな言葉が書き連ねられていた。 ――騒ぎすぎると警察・警備員が来るからケアで! もし来たら未成年は逃げる! 団体を聞かれたら、ゼミが適当に集まってると言って、できるだけGREENの名は出さない。 ――コンパ長は名の通りでグリーンのコンパを仕切る人間だし、練習も全参し、応援など様々な点においてグリーンの中心的存在といっても過言ではない。 ――お前が笑顔をなくしてとても辛そうにしていたらコンパに来る人は少なくなるだろうし、グリーンに来る人も減ってしまうかもしれない。 ――コンパ長であるお前の行動は同期にも強く影響する、お前がグリーンを引っ張ってくれ。 ――常に全力で物事にあたってくれ 1年間絶対笑顔で全力!! やりきれ!! コンパ長最高!!  事件前日。滉さんは午前八時から午後九時まで約一三時間にわたる練習に参加した。その後も開催された恒例のコンパを午前0時頃まで取り仕切らねばならなかった滉さん、終電を逃してテニスコートに宿泊。  翌7月27日、早朝練習と学年ミーティング、そして隅田川花火大会「場所取りコンパ」のための買い出しと、滉さんはまさに全力で、休む間もなく動き続けた。疲労がたまって体調が悪かったのか、「今日はあまり飲みたくない」という趣旨の発言をしている。  午後6時ごろ、問題のコンパが始まった。

伝統儀式「マキバ」
 この「場所取りコンパ」は、サークルの三大行事の一つとされ、多数の泥酔者が出る「荒れるコンパ」と言われていた。花火大会の会場近くの隅田公園にブルーシートを敷いて場所取りをしながら、集まってきたメンバーやOBが飲み始める。
 午後9時頃、もっと広い場所で、ということになり、近くの空き地に移動して「マキバ」という伝統儀式がスタートした。
 これは、参加者が車座になってマイムマイムを歌って踊りながら、2.7リットルの焼酎「大五郎」を原液のまま回し飲みするというもの。コンパ長がキャップを開けてラッパ飲みしてスタート、最後に残りを飲み干すのもコンパ長の役目だ。飲み会の間、「マキバ」が何回か繰り返されるのが通例だった。
 この日、滉さんは1本目の途中で嘔吐、しかし職責を果たすべく参加を続けた。2本目のときにはフラフラで焼酎のキャップを開けることもできない状態。
 10時過ぎ頃、3本目の「マキバ」の途中で倒れ、意識不明の失禁状態になった。
 しかし参加者は救急車を呼ばず、滉さんのズボンを脱がせ、「マキバ」の輪の外に引きずり出して、広場の縁石付近に横たえた。

誰からも見えない場所
 10時〜11時頃、住民からの苦情で警察官がやってきて、静かにするよう注意した。そこで皆は公園のブルーシートに戻ることにしたが、滉さんの意識が回復しないため、6名が手足をもって運ぶことに。
 その途中、手を滑らせて2回も地面に落とし、頭部をアスファルトに強打した。運んだ学生が後日、これが死因だったのではと心配したほど強い衝撃だったにもかかわらず、滉さんは意識不明のままだった。それでもまだ119番通報はされない。
 吐瀉物で汚れていたためか、滉さんはブルーシートではなく車道近くの草地に寝かされた。そこは人通りのある遊歩道から離れ、街灯からも遠くて暗い場所。しかも部員たちのバッグがあたりに置いてあったため、まったく人目につかない状態だった。
 その後も部員たちが飲んで騒いだため、住民の苦情で再び警察官が注意に訪れた。しかし滉さんの異常は発見されなかった。
 死亡推定時刻は、翌7月28日午前0時頃。
 部員たちが119番したのは、それから約2時間が過ぎた午前2時6分だった。死因は急性アルコール中毒、血中アルコール濃度は4.24r/mlである。

「安易な経験則」
 なぜ、こんな状態の滉さんが放置されたのか――。
 実はこのサークルでは、2007年から11年までの間に、7回も飲酒がらみの事件が起きている。
 たとえば07年、夏合宿で「マキバ」に参加した二年生が救急搬送。09年、詳細は不明だがコンパ長が泥酔のため救急搬送。10年にも二回の救急搬送。
 そして翌11年、1年生がコンパ翌日の正午過ぎまで昏睡状態だったが、119番通報は行なわれなかった。
 原告代理人の山本弁護士は言う。
「何度も昏睡状態になった者が出て救急車騒ぎがあったが、それでも『死にはしなかった』という安易な経験則が、部員の間に形成されていたのではないでしょうか」
 集団の無責任の中で、滉さんは亡くなった。
 その28日、コンパ参加者らはLINEの記録を消去し、自身のミクシィやツイッターなどのアカウントを削除。経緯が明るみに出ないよう隠ぺいを図ったと思われる。さらにご両親に対しても、滉さんの「名誉を守るため」としてミクシィのアカウント消去を依頼している。
 サークルは翌8月に解散を決議。東京大学は同年12月までに、「マキバ」に参加した学生らに対し、学部長・研究科長による戒告などの処分を行なった。

提訴へ――
 ご両親は事件後、コンパ参加者のうち一年生などをのぞく31名と話し合いを重ねた。謝罪した10名とは順次和解が成立。残る二一名は責任を認めなかったため、昨年7月22二日、提訴に踏み切った。
 記者会見の席で、ご両親は喉を詰まらせながら、言葉を絞り出した。
「底抜けに明るい子でした。こんなにつらい思いをする親は、我々で最後にしたい」
「誰がどう見ても、すぐ救急車を呼ぶべき状況だったのに、放置されるとは……。助けてやってほしかった」
 冒頭のノートとともに、洗面器がご両親のもとに遺された。これは「コンパ長交代の儀」で使われ、代々引き継がれてきたもの。歴代コンパ長の名前が書かれている(プライバシーのため、判読できないようにしてあります)。容量3.4リットルの洗面器につがれた焼酎原液を、前任者と新しいコンパ長が一口ずつ交互に飲み干していくのだ。
 山本弁護士は話す。
「裁判では、あくまで滉さんを放置した『安全配慮義務違反』を追及することになります。しかし、この悲劇を招いた土台にあるものとして、サークルの飲酒文化と伝統について、法廷で正面から取り上げていきたいと思います」
 被告二一人はいずれも責任を否定し、請求棄却を求めている。2月に行なわれる第3回口頭弁論以降、いよいよ双方の争点が明らかになる見込みだ。
 ASKは今後も支援を続けていく。
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