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【判決理由の要旨】のうち、慰謝料算定の背景について述べた部分を全文引用します。なおここでは被告名をイニシャルにしました。
ア はじめに
本件事故は、偶然現場を通り掛かったテレビ局のカメラマンにより撮影された事故発生直後の映像が報道番組において放映され、酒酔い運転の危険性について社会に大きな衝撃を与えるとともに、被告Tに対する刑事裁判の結果、危険な運転によって死傷の結果が生じた場合の法定刑が余りにも軽いのではないかという問題が広く認識され、刑法改正により危険運転致死傷罪が新設される一つの契機ともなった極めて痛ましい事故である。
本件において、慰謝料の算定に当たって斟酌すべき主な事情としては、以上のほかに、次のような点を挙げることができる。
イ 奏子及び周子について
奏子及び周子は、本件事故当時、まだ3歳と1歳の幼児であり、本件事故に遭わなければ限りない可能性を有していたはずであったのに、突然、本件事故により命を奪われた同人らの無念さは、計り知れない。しかも、後部座席に幼い2人のみで身動きもできないまま取り残され、意識を失うこともなく、炎に取り巻かれ、熱さ・痛さに悲鳴を上げながら我が身を焼かれ死んでいったものであり、死に至る態様も極めて悲惨かつ残酷である。本件事故は、前方が渋滞していたために徐々に減速していた被害車両が、後方から進行してきた加害車両に一方的に追突されたものであり、被害車両を運転していた原告郁美にも過失は全く認められず、もとより、奏子及び周子に責められるべき点は一切ない。
ウ 原告らについて
原告らは、ふだん仕事のためにめったに遊ぶことのできない子供たちとのレジャーからの帰途、奏子及び周子という、かけがえのない娘を2人同時に失うことになったものであり、原告郁美においては、本件事故発生の日付を見るだけで奏子及び周子の生前の元気な様子を思い浮かべてしまうことからも窺われるように、その悲しみの気持ちは察するに余りある。取り分け、本件事故においては、我が子の助けを求める叫び声、泣き声を間近に聞きながらも、燃え盛る火炎の勢いのため、為すすべもなく、ただ最愛の2人の娘が目の前で焼け死んでいくのを見ているほかはなかったという原告らの痛恨の思いと無力感には、想像を絶するものがある。加えて、原告保孝は自らも重傷を負ったために、また、原告郁美も既に遺体が子供用の布団等に包まれていたために、両名とも我が子の遺体を直接目にすることができないまま荼毘に付さざるを得ず、原告郁美は我が子の最期の姿を刑事記録によって確認するほかなかったこと、その遺体は、炎で焼かれ、全く生前の姿をとどめない状態のものであったこと、本件事故の結果、原告らは、子供たちに「シートベルトをしなさい」などと幾ら社会ルールに従うよう教えたとしても、大人が基本的なルールを遵守しないのでは子供たちの命を守ることができないという悲痛な思いを抱かざるを得なかったことなども、決して見過ごすことのできない事情である。
そして、本件事故発生後の事情としても、原告らは、我が子の死に直面して立ち直ることすら困難であっても不思議ではないにもかかわらず、今後このような悲惨な事故が二度と起きないようにするために社会に訴え掛けていくことを決意し、刑法改正の署名運動に取り組んで37万人を超える署名を集め、その結果、危険運転致死傷罪の成立をみるに至ったこと、さらに、それに満足することなく、全国を巡って交通安全についての講演を重ね、被告K通運の従業員に対しても自らの働き掛けによって講演を行うなど、本件事故による尊い犠牲を無駄にしないために交通事故防止の活動に身を捧げていること、それにもかかわらず、被告K通運の社内で交通安全を推進すべき立場にある取締役の1人が、純然たる業務中でないとはいえ、原告らの被告K通運の従業員に対する前記講演のわずか3週間後に、飲酒運転による追突事故を発生させるに至り、その結果、原告らに、我が子の死は何だったのか、我が子の死を無駄にしないために行ってきた運動も飲酒運転の撲滅に向けて効果を上げられなかったのではないか、という憤り、無念さをもたらしたことなどの事情も、慰謝料の算定に当たっては十分に考慮されなければならない。
エ 被告Tについて
本件事故は、被告Tが、呼気1リットルあたり0.63mgのアルコールを保有するという相当程度酩酊した状態で、全長約12m、車両総重量約20tに達する大型貨物自動車を運転して、休日でレジャー帰りのマイカーが多く走行している東名高速道路を時速60kmないし70kmの速度で約30kmもの距離を走行し、環状八号線方面にいったん進入しながら用賀方面へ方向を変えたり、左側壁の縁石や中央分離帯にぶつかりかねないほど大きく蛇行走行するという、まさに走る凶器による危険極まりない運転行為が招いたものであって、被告Tの運転行為における過失は、酒気を帯びた状態で運転をしないという自動車運転手として最も基本的な注意義務を怠ったものであり、一方的であることはもちろん、極めて重大かつ悪質である。殊に、東京料金所の職員から、「体の具合が悪いようだったら車を寄せて30分でも休んでいったら」と言われるほど他人から見ても異常な状態であり、自らも酔いのため足がふらつき、まともな運転ができないと気付いていながら、なお運転を続行したことは、もはや運転行為自体が未必の故意による傷害行為とさえ評価され得るものである。
また、そもそも、被告Tは、高速道路を約30km以上も運転する予定でありながら、酒類の販売が禁止されている海老名サービスエリアにおいて、あらかじめ車内に持ち込んでおいたウイスキー280ml及び缶酎ハイ250mlを飲酒したものであり、このような運転行為を予定した飲酒自体が、重大な結果を将来する危険性の強い行為であって、飲酒行為自体の悪質性も強い非難に値する。
そして、実際、これらの行為の結果として、奏子及び周子という2名の尊い生命が奪われたものであり、行為の悪質性に加えて、その結果も極めて悲惨かつ重大なものである。奏子及び周子が死に至った態様自体もまた、前記イのとおり、極めて残酷なものである。
加えて、原告らが、決して軽いとはいえない傷害を負いながらも一命を取り留めたのは、被害車両の電源が衝突によっても切れることなく通じており、原告郁美側の電動の窓ガラスが開いたという全くの偶然によるものであって、このような偶然がなければ、原告ら(まだ原告郁美のお腹の中にいた三女の典子も含む。)についても焼死という、さらに悲惨な結果を招いていたであろうことも指摘しなければならない。
一方、本件事故に至る要因をさかのぼれば、被告Tが常日ごろから自分の運転するトラックに酒を持ち込み、常習的に飲酒運転をするという、それ自体非常に悪質で強い非難に値する行為を習慣としていたことに端を発するものであり、その意味で、本件のような重大な事故はいつ発生してもおかしくない状況であった。
そして、被告Tは、捜査段階では、飲酒検知の際にはアルコール類を前日に摂取したと回答し、その後も原告郁美が子供がいることをすぐに教えてくれれば子供を助けられたかもしれないなどと供述し、また、公判段階では、後続車両を見過ぎて前方車両に気付かなかった旨の、捜査段階では一切供述していなかった内容の供述を行ったり、本件事故以前にはパーキングエリア・サービスエリアでは飲酒していなかった旨の、捜査段階とは相反する供述を行ったりするなど、供述を著しく変遷させていたのみならず、自車の後続車、被告K通運や、果ては原告郁美の責任にするような責任転嫁・自己弁護の供述をし、自らの責任逃れの対応に終始してきた。原告らに対する謝罪についても、本件事故より半年後の平成12年4月12日になってようやく原告らに手紙を書いたもので、これも検察官から促されて行ったものであり、手紙を書くのが遅れた理由として葉書や切手がなかなか手に入らなかったこと等を挙げているのも、また、反省が見られない態度というべきである。このように、被告Tが本件事故において自らの行なった行為の重大性について真に自覚し反省しているとは考え難く、原告らの被害感情が極めて峻烈なことも、当然と考えられる。
オ 被告K通運について
前記エのとおり、被告Tは常日ごろから自分の運転するトラックに酒を持ち込み、常習的に飲酒運転をしていたものであるが、仮に被告K通運が、飲酒運転の事実事態を全く知らなかったとしても、被告Tの飲酒癖は知っていたと推察されるから、適切な調査を行っていれば、被告Tの常習的な飲酒運転を把握することができ、本件事故の発生を未然に防止することが可能であったというべきである。また、被告Tの捜査段階における供述調書からは、被告Tの責任転嫁の面があることを差し引いても、被告K通運の社内に飲酒運転を容認する風潮や体質があったのではないかとの疑いを払拭し得ない。
ところで、被告K通運は、本件事故を契機に、対面点呼の実施、飲酒検知器の導入やISO認証の取得等、悲惨な事故の再発を防止するための努力を行っているとしつつ、一方において、本件事故は、飽くまで被告T個人が起こした事故であり、被告K通運の管理責任の及ぶところではなく、被告Tの常習的な飲酒運転について本件事故後に特に調査はしていないという。しかし、被告K通運が前記のような事故再発防止のための対策を講じているとしても、長距離トラックの運転手は長時間単独で業務に従事するもので、監視の目が行き届かないことが多い反面、飲酒への誘惑も多いという業務の性質からすると、飲酒運転を根絶するには、運転手個々人の飲酒運転に対する意識改革こそが肝要であり、被告Tの飲酒運転を被告K通運の管理責任の及ばない個人の問題として位置付けるような姿勢で臨んでいたのでは、果たして、本件のような事故の再発を本当に防止することができるのか疑問を禁じ得ない。実際に、被告K通運においては、本件事故後、飲酒運転をすれば解雇すると警告されているにもかかわらず、取締役の1人が、よりによって原告らが被告K通運の従業員に対して飲酒運転の根絶を訴える講演をしたわずか3週間後に、飲酒運転によって追突事故を起こしている。被告K通運の代表者はもとより、その他の従業員においても、原告郁美が、当裁判所の本人尋問に際し、「本件事故後に生まれた子どもたちを育てなければという義務感に駆られて生きていますが、本当の気持ちを言えば、早く2人の娘たちにもう一度会いたいと思っています」と述べていることを重く受け止め、被告Tの起こした本件事故の悲惨さと原告らの悲しみの大きさに改めて思いを致すべきである。
以上によれば、本件事故の原因が被告K通運に全くないとはいい難いし、また、今後の事故の再発防止策として被告K通運がこれまでに講じた対策は必ずしも十分なものとは評価することができず、これらの事情も慰謝料を算定するに当たって斟酌する必要がある。
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