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目次
 

<断酒会アンケート>アルコール依存症と飲酒運転

調査:ASK 2006年12月 協力:各地の断酒会

<考 察>

厳罰化が進んでも、飲酒運転常習者には抑止効果が出にくい。それは、背景にアルコール乱用や依存症という病気が隠れていることが多いためである。

依存症者はどういう状況で飲酒運転をするのか? 何が抑止力になるのか?

ASKでは、各地の断酒会にアンケートへの協力を依頼。回復者と家族の双方に、かつて飲んでいた頃の運転状況を書き入れてもらった。(回答88名)

その中に、依存症者の飲酒運転を端的に表す言葉があった。

「飲酒運転をしようと思って飲んだことは一度もない。まず先に酒ありきで、結果的に飲酒運転になってしまった」

自宅で飲酒していて飲み足りずコンビニまで車で酒を買いに行く。車でハシゴ酒、どこに駐車したか思い出せない。大量に飲んで翌朝は二日酔い運転。朝から迎え酒、酒が切れてくると運転中でも飲む。酩酊状態で大小の事故を起こす。一時は反省しても、飲めば気が大きくなり「俺だけは大丈夫」「この程度なら大丈夫」と、またくり返す……。

家族が必死で止めても、事故を起こしても、逮捕されても、免停になっても、失職しても止まらなかった飲酒運転をやめられたのは、アルコール依存症と診断され「断酒」に踏み切ったから。自助グループにつながり、断酒を継続できたから。……「断酒」のみが飲酒運転の抑止に有効であったことが、本人・家族双方の言葉によく表れている。

これと似たような事例は、昨今の飲酒運転報道のなかに数多く存在する。

アルコール依存症は、飲酒に対するコントロールを徐々に失っていく病気である。アルコール乱用(予備群)の時期を経て、依存症初期・中期・後期へと進行していくが、否認が症状の一つであるため、本人から治療・援助を求めることは稀である。したがって、周囲からの早期発見・介入が欠かせない。

飲酒運転常習者が悲惨な大事故を起こす前に、背景にあるアルコール乱用や依存症に職場や司法から介入し、教育・治療・自助グループにつなげるシステムをつくることが急務である。根本の飲酒習慣を変えないかぎり、飲酒運転はくり返される。

特定非営利活動法人ASK代表 今成知美

<依存症回復者の声>
●断酒12年
飲酒運転をしようと思って飲んだことは一度もない。まず先に酒ありきで、結果的に飲酒運転になってしまった。どのくらい飲んだかわからないくらい飲んで、民家に突入したり、停止している車に追突したことがある。もう絶対に酒は飲まない! 人生と引き換えることになる。
●断酒1ヵ月
コンビニへ酒を買いに行くときは飲酒運転だった(5分の距離)。そのときは酒を買うことしか頭になかった。
●断酒2年半
朝一杯、昼一杯でアルコールの切れるときはなかった。仕事上、車を使う。遠くから帰宅するときは、途中、自販機で購入し、飲酒しながら運転していた。3回事故を起こしたが、すべて勤務中だった。事故の瞬間は記憶にない。一度は中央分離帯、一度は中央線を越えて対向車と接触して側溝に転落した。
●断酒3年
酩酊状態で子どもの送り迎えや買物で運転していた。事故も起こした。実家に帰るとき、車間距離がとれなくて、信号が赤になり止っている車とぶつかった。食事に行く途中、右折しようと前から来ている車にぶつかった。当時は朝から晩まで飲み続け、飲酒運転などたいしたことじゃないと思っていた。
●断酒10年
入院前7〜8ヵ月間は隠れ飲みの酒を買いに行くのに飲酒運転をしていた。本当に恐ろしいことをやっていた。
●断酒9年
休日、魚釣りに行くときは必ず飲酒運転だった。
●断酒22年
朝から飲酒運転をしておりましたが、とうとう事故を起こして重体となり、今も後遺症に苦しんでいます。冷酒3〜4合を飲み、会社に行く途中でした。意識不明の重体で、車は廃車。病院と断酒会のおかげで今の自分があります。
●断酒15年
飲酒のコントロールができなくなり、あらゆる場所にワンカップを持参し、切れぬ状況で運転。大小事故を繰り返しました。側溝に車輪が落ちて電柱に衝突するという事故を起こしたときは、前日に8合飲み、目覚めてワンカップ2杯、昼休みに2杯、3時に2杯飲むという状態で仕事していました。飲酒運転は最悪な行為とわかっていました。脂汗流して運転。おびえにおびえていた日々でした。 
●断酒25年
しょっちゅう飲酒運転していました。バイクの場合は、停止すると倒れるくらいの状態でしたが、「俺だけは大丈夫」と思っていました。酒が切れてふるえながら運転したこともあります。免停中、会社には自転車で通勤していましたが、飲酒すると運転したくなり、自損事故を起こして免許証取り上げとなりました。
●断酒9年
日本酒5合、ウィスキーボトル半分を飲んで運転していました。市民会館に突っ込み、自動ドア6枚と風防室ドア5枚を損傷して被害額65万。自車の損害165万。その事故によって地方公務員を退職するに至りました。その後も飲酒運転の連続。次の日の出勤のため車がいるので、飲んでは自宅まで運転して帰りました。免許取り消し処分も受けました。新たに免許取得、断酒してからは安全運転を心がけています。
●断酒27年
20代の頃、タクシードライバーをしており、二日酔いの状態で乗務したことがよくありました。今思えば、飲酒運転をしていたのと同じことです。当時は、「飲酒運転は絶対にしないんだ」と自分に言い聞かせていましたが。
●断酒6年
朝から缶ビールを飲みながら、車を運転していました。見つからないように、タオルで缶を隠して飲んでいました。かなりの量を飲んで自宅に帰る途中、前の車に追突しました。当たった衝撃ではじめて気づきました。寝ながら運転していたと思います。
<依存症者の家族の声>
●夫は治療中
夫の体験発表を聞いて、はじめて飲酒運転していたことを知った。隠れ酒のため、私は気がつかなかった。
●夫は断酒11年 
飲んでいた頃は、飲酒運転しないように言うと、家族の意見に従うと返事はするが、すぐ約束を破った。帰宅するまで心配で眠れず苦しかった。今は断酒できているため安心です。
●夫は断酒1年
会社帰りに5合ぐらい飲んで「ほろ酔い気分」で運転して帰宅していました。相手を巻き込んでの事故が心配で、車のカギを隠したりしました。
●夫は断酒12年
飲んだら運転するという癖があり、目的がなくても運転して出かけていた。止めようとすればするほど、無理にでも出かけていった。数回の事故があり、入院し断酒会に入会、断酒継続に至った。そのおかげで、安全運転になった。
●夫は断酒2ヵ月
飲み足りなくて車に乗ってまた酒を買いに行っていた。事故が心配で注意したが、「わかってる」と言いながら、悪びれるようすもなく飲酒運転をしていた。子どもを乗せて飲酒運転をしたことが、すごく腹が立ちつらかった。入院し断酒してからしなくなった。飲酒運転事故のニュースを見ると、今までよく事故を起こさなかったと思う。
●夫は断酒23年
かなりの量を飲んで、たびたび運転していた。再三注意したが、聞かなかった。免停になり、専門病院への入院と同時に断酒したので、今は心配なくなった。
●夫は断酒1年半
毎日飲酒していた状態で、お酒の臭いのない運転はありませんでした。私は乗っているのが怖いという思いを何度もしました。事故もなく、警察のお世話になったこともないのが不思議なほどです。そのつど注意はするのですが、本人は「このくらいの酒」と言っていました。あまりの時は、先に、私が運転すると申し出ました。さすがに本人から、運転を代わってほしいと私に言ったことがあります。暮れから飲んで、お正月に初詣に出かける際、家を出て10分後に車を電柱にこすったためです。断酒する前の何年間かは、飲酒の後は必ず私が運転するようにしました。アルコール依存症への認識と、法律の厳罰化が支えになってくれました。
●夫は断酒10年
家であまりにもたくさん飲むので、ある時期から家での量を決めました。それから帰り道に一杯ひっかけ、飲酒運転で帰るようになりました。注意すると一時的には気をつけるものの、またやります。はしご酒のため、一番最初に車を停めた場所がわからなくなり、何ヵ月かして、警察からの知らせで、ボロボロになった車が返ってきたことも。
●夫は断酒12年
会社の帰り、ワンカップを飲み車で帰宅していました。一日中酔っているので、いつが二日酔いなのか、家族にはわからなかったくらいです。人身事故を一番心配していましたが、「自分は大丈夫」と、言うことは聞きませんでした。追突事故にあい、お酒の匂いがした夫のほうに事故の責任があるとされ、それにより断酒しました。
●夫は断酒24年
仕事中も休みの日も酔って運転していた。警察につかまったときは憔悴しているが、しばらくすると同じように飲酒する。2度、免許取消しになり、仕事を辞めなければならなくなった。断酒できてから、免許証を再度取得、断酒活動に生かすことができている。
●夫は断酒13年
仕事が営業のため接待が多かったし、常に車に乗っていた。注意しても、「車を使わないと仕事ができない」と言って、やめなかった。はじめは、飲んだら時間をあけて乗っていたらしい。一度、飲酒運転で会社に始末書を提出したことがある。事故を起こして解雇されないか、心配だった。
●夫は断酒29年
建築関係の仕事で飲むことばかり。帰りはいつも酔払い運転で、最後はやっと家にたどり着くという感じです。夫の運転で車に乗ると、生きた心地がしませんでした。毎日、もうやめる、もうやめると言いつつ飲んでいました。この仕事を続けるかぎりお酒をやめられないと本人が言い、退職。そして断酒会に入れていただきました。飲酒運転をしなくなったのは、断酒会に入ったからです。今はどこに行くのも安心して行けます。よかったです。