2003年10月28日

最高裁判所御中

Mさんへの高裁実刑判決についての意見書

1.意見書提出の理由

 特定非営利活動法人アスクは、1983年に、アルコール依存症者の家族や医療関係者が中心になって設立した団体で、相談電話・予防教育・出版など、さまざまな予防啓発活動を行なってきました。

 今回、「アルコール依存症の夫放置して餓死、妻に逆転実刑」という新聞報道を見て、当団体に、依存症回復者、家族、医療関係者から電話やメールが届きました。そのどれもが、被告のMさんに同情し、「アルコール依存症者の妻がおかれた状態を、あまりにも理解していない判決ではないか」との声でした。そこでASKではMさんの弁護人に連絡し、1・2審判決文とその他の資料を送っていただきました。

 上記の文書を読んで第一に感じたのは、これはアルコール依存症者がいる家庭ならどこで起きてもおかしくない事例だということです。多くの家族が依存症者の強固な否認に困り果て、背負った責任の重みにあえぎ、どうやっても好転しない事態に絶望し、孤立し、無力感に打ちのめされていきます。中には、長年のストレスからうつ病や心身症を発症する家族もいるのです。被告人のMさんも、まさにそのような状態に陥っていたものと推察され、その人に救護義務を課し、殺人罪を適用してしかも実刑判決というのは、どう考えても不当と言わざるを得ません。そもそも救護義務などない、というのが私たちの考えです。

<公訴事実>には、「2審判決が認定した(罪となるべき事実)には、被告人は、(中略)夫K(当時54歳)と共に二人で居住し、かねてより体調を崩し衰弱しつつあったKを介護していたものであるが、平成11年4月下旬ころ、同所において、Kが衰弱して歩行することも食物を摂取することも困難な状況に陥っていることを認めたのであるから、同人を最寄りの病院等に搬送するなどして適切な医療を受けさせ同人を救護すべき義務があったのに、適切な医療を受けさせないまま同人を放置すれば同人が死亡するかもしれないことを認識しながら、同人が元気になれば近所の人を刃物で傷付けてしまうかもしれないと恐れ、この際、Kが死亡してもやむを得ないと考え、そのころから同年5月18日までの間、医師による医療を受けさせることなく、Kを同所に放置し、よって、同月22日ころ、同所において、同人を栄養失調により死亡させて殺害したものである。」とあります。これは、私たちの立場から読むと、アルコール依存症という病気をまったく知らずに組み立てた論理に受け取れます。

 また、<量刑の事情>に、「被告人は、日々衰弱していく被害者に必要な救護措置を執ろうとせず、特に最後はやせ細り衰弱も著しかった被害者を死亡するまで放置したのであって、その犯行態様は、不作為によるとはいえ、残酷と評せざるを得ない」とありますが、私たちから見ると、妻である被告が長年おかれてきた状況こそが、残酷極まりないものなのです。

 アルコール依存症者の家族として、また医療や市民活動の中で多くの依存症家族と関わってきた者として、アルコール依存症という病気の本質と、依存症者の妻がどんなストレスに晒されているのかを知っていただきたい、その上でこの判決の妥当性を最高裁にご判断いただきたいと考え、この意見書を提出いたします。

2.アルコール依存症という病気と死

 アルコール依存症は「慢性自殺」と呼ばれることもあるように、死と直結した病です。末期になると、肝臓病などアルコール関連疾患による病死ばかりでなく、連続飲酒発作の末の衰弱死、泥酔時の吐物吸引による窒息死、転落などによる事故死、自殺……と不慮の死はめずらしくありません。飲酒し続けているアルコール依存症者の平均寿命は52歳という調査もあります。

 亡くなったKさんは、

  • 1日中大量に飲んでは寝て過ごすという酒浸りの生活=「連続飲酒発作」がみられる
  • 連続飲酒のはてに体が酒を受けつけなくなって飲まない期間が生じ、また体が回復すると連続飲酒が始まるという「山型飲酒サイクル」を、周期的に繰り返している

 といった症状から、すでにアルコール依存症の末期に至っていたと見られ、飲み続けるかぎり、いつどこでどんなふうに死んでもおかしくない状態だったと推察されます。

 また、Kさんの死因ともなった「栄養失調」についてですが、アルコール依存症末期の人に非常によくみられます。なぜかというと、@アルコールばかり飲んで食事を摂らないこと、A吸収不良(アルコールの影響で腸管からの吸収力が衰えたり、下痢を繰り返すため)、B肝臓障害があるために栄養素の貯蔵がうまくできない、などの理由からです。連続飲酒発作を繰り返すことで栄養障害は進み、それが他の障害も引き起こします。

 神経障害や骨粗しょう症も栄養障害によって起こります。Kさんは「持病の腰痛で働けない」とのことでしたが、原因は長年の大量飲酒にあった公算が高いと考えます。

3.アルコール依存症の「否認」と、自己責任

 アルコール依存症の症状の一つに「否認」があります。

 「否認」は、アルコールを飲み続けることを可能にするための一種の防衛機制です。アルコール依存症者は、強い飲酒欲求と離脱症状(アルコールが抜けてくるとイライラや汗・震えなど苦しい症状に襲われる)から、なんとしても飲み続けたいという心理状態に陥っています。そこで、(1)自分に飲酒問題はない、(2)あってもたいした問題ではない、(3)自分が飲むのは周りが悪いからだ、という自己中心的な「否認」の壁を作り上げるのです。否認は、具体的には、(1)酒をやめなければいけない必要性を認めない、(2)ひどい状態でも助けを求めない、(3)援助を拒絶する、(4)言い訳や理屈などで自己正当化する、(5)反発し相手を攻撃する(暴力の形をとることもある)といった形で現れます。

 家族や周囲が一番困るのがこの否認です。助けたくてもそれを拒絶するだけでなく、攻撃までしてくる相手に長年対応していると、無力感、絶望感が募っていきます。

 ちなみに、この否認を突き崩して介入し、治療の動機づけをするためには、プロの援助が必要になります。援助の第一歩は、家族が世話をするのをやめることで、それでようやく本人は自分の問題に直面するのです。これをアルコール医療では、「家族が手をはなす」「その人の命をその人自身に返す」と言い、援助の基本とされています。つまり、生きることも死ぬことも、本人の「自己責任に帰す」、ということです。家族は、成人である依存症者の存在のすべて(命も含め)に責任を負うという、「本来負うことができず、そもそも負ってはいけない責任」を長年負ってきています。これを手放さないかぎり、依存症者の甘えを増長させ、同じ繰り返しになるだけなのです。

(この点については次項でも述べます)

 Mさんも、夫の強固な否認に長年悩まされ続け、無力感と絶望感を覚えていたでしょう。とくにKさんは、妻に対して、極端な甘えと屈折した心理からなる暴力があり(経済的にも妻に依存しており、そのことによって男としてのプライドが傷ついていたため、よけいに妻を力でねじ伏せて支配しようとしていた)、妻であるMさんから治療を説得するのは至難の業だったと考えます。

 夫の世話から手を引いたMさんの最後の選択は、意図的なものというより、彼女自身が力尽き、自分自身をさえどうにもできなくなった末のことでしょうが、もっと早い時点で彼女に援助の手が差し伸べられ、手をはなすことができていれば事態は変わっていただろうにと、残念に思います。

4.アルコール依存症のシステムの中にいる家族

 アルコール依存症という病気はたいてい、飲酒のために困った事態が起きているにもかかわらず飲み続ける本人と、それを支える(世話する、尻拭いする、見張るなど)人とで成り立っています。妻帯している男性の依存症者の場合は、別居や離婚をしないかぎり、パートナーである妻が「支え手」となるケースがほとんどです。家族という共同体を維持するために、妻はそうせざるをないのです。

 しかし皮肉なことに、愛情や責任感、世間への配慮から出た「支え手」としての妻の行動は、依存症という病気のシステムの中では、すべて裏目に出てしまいます。妻が世話をすればするほど依存症者はますます甘え、自己責任をとらなくなります。困った問題をなんとかしてくれる心強い「支え手」がいるので、問題に直面しないですむからです。そうやって依存症者は飲み続け、事態はますます悪化します。

 すべてを背負った妻は疲れ果て、絶望し、無力感にさいなまれ、孤立していきます。

 異常な状態が日常になっていますから、ふつうの感覚が失われ、判断力も損なわれていきます。自ら助けを求めるという行為はかなりのエネルギーを要しますので、健康度がある程度ないとできません。夫が酒乱タイプでDVがある場合、妻の消耗度や混乱はいっそう激しく、助けを求めるという行為になかなか踏み出せないものなのです。

 実際に、これだけ苦しみながらも(ときには殺されそうな目にあっても)、妻は親戚や友人にさえなかなか相談しようとしません。それは、一つには身内の恥・妻としての無能を人目にさらしたくないという世間体に縛られた思いもあるでしょうが、大きいのは、相談しても本当のところは理解してもらえなかったという経験、的外れなアドバイスに混乱したり傷ついたりした経験があるからです。(的外れなアドバイスとしては、「趣味や生きがいを持たせれば解決する」「淋しがり屋なのだから、一緒に飲めばいい」「妻がしっかりしすぎているからいけない」「もっとやさしく」「もっと厳しく」などがあります)

 Mさんも、この病気のシステムの中で孤立し、どうにも身動きがとれなくなっていったにちがいありません。

5.家族は援助対象なのであって、救護義務を課すのはおかしい

(アルコール医療の根幹を揺るがす判決)

 上記のようなわけで、「まず援助すべきなのは家族だ」とアルコール医療では考えます。それは、第一に家族自身が非常に不健康な精神状態にあり(治療を要するストレス性精神疾患になっていることさえあります)、そこから脱するために援助が必要であること。第二に、家族が健康を取り戻すことが、依存症者への介入につながるからです。

 家族の援助では、これまでどれだけ大変だったか、溜まっている思いをまず吐き出してもらい、次に「手をはなす」「その人の命をその人自身に返す」「本人の自己責任」という考え方を行動化していくよう促します。前述したように、「支え手」が手を引くことで、アルコール依存症者は、飲酒によって起きている自分の問題(健康問題・仕事や家庭上の問題など)に直面せざるを得なくなります。そこで治療をすすめるのですが、その場合も決めるのはあくまでも本人で、「飲んで死ぬことを選ぶのも本人の自由」と考えます。そうでないと、依存症者の甘えを増長する悪循環に再び戻ってしまうのです。

 大事な点なので繰り返しますが、ポイントは、「生きることも死ぬことも、本人の自己責任に帰す」ということなのです。家族は、成人である依存症者に対して「本来負うことができず、そもそも負ってはいけない責任」を負ってはいけないのです。

 家族が「救護義務」を負うということは、家族は最後の最後まで「支え手」であり続けなければいけない、ということを意味します。

 2審の判決は、アルコール医療の根幹を否定するものなのです。

6.的外れの援助と医療への不信

 依存症者との生活の中では、本人のアルコール関連疾患が悪化し、内科医療にかかるということはよく起こります。

 その好機に、内科でアルコール依存症者への介入や家族への援助をしてくれればいいのですが、今の日本では医療現場にもアルコール依存症の知識がないため、「臓器だけ治して飲める体に戻す」対応に終始します。医者から、「奥さん、ご主人は栄養失調ですよ。ちゃんと食べさせてください」と叱られ、「お酒を飲んでばかりで食べないんです」と言うと、「一人で飲んでいるからでしょ。奥さんが晩酌につきあってあげればいいんですよ」といったトンチンカンなアドバイスをされる、などということもよくあります。

 その上、死にそうに弱っていたのに、お酒を抜いて点滴でもすれば、依存症者は短期間にすっかり元気になることが多く、「あれはなんだったのか、たいしたことないじゃないか」という気持ちにもさせられます。また、内科病棟に緊急入院したものの、離脱症状が出て周囲に迷惑をかけ、困り者扱いされたりすることもあります。さりとて依存症への介入も家族への援助も医療からはありませんから、退院すればまたもとの木阿弥、飲み始めてしまうのです。

 このような状況が、家族に医療への不信感を募らせることにもなります。本人ばかりか家族もが外部に助けを求めない背景には、「どうせ何をしても変わらない」「誰も本当の助けにはならない」という気持ちもあるのです。

 本事件でもKさんは急性膵炎になっています。救急入院し暴れて自己退院してしまいましたが、そのときに、本人には無理でも、せめて妻に対して的確な援助の手が差し伸べられていれば、別の展開が可能になっていただろうと残念です。

7.本気の殺意と、「この状態から解放されたいという悲鳴」のちがい

 アルコール依存症者の家族のほとんどが「この人が死んでくれれば楽になれるのに!」という気持ちを抱き、口にもします。ときには、「いっそ殺してしまいたい!」という過激な思いをもつこともあります。しかしそれは、本気で殺したいという「殺意」ではなく、「この状態から解放されたい!」「楽になりたい!」「救われたい!」という「悲鳴」です。それは、「死にたい!」という言葉が、必ずしも自殺企図を意味するとはかぎらず、「苦しい!」「助けて!」「こっちを向いて!」という意味の悲鳴として使われるのと同じです。

 ですから、仮に、Mさんが警察でそのような言葉を述べたとしても、彼女が一貫して本気の「殺意」を持ち続けていたと受け取るのはあまりに短絡的だと考えます。

 農薬の混入はたしかに「暴挙」で、危害を加える意図が何もなかったとは言えないでしょう。しかしこれは、近隣に迷惑が及ぶのを止めようとする切羽詰った混乱の中でやってしまったことであり、量も回数も致死量にははるかに及びません。

 夫の世話から手を引いた最後の選択については、殺意があったとはまったく考えられず、むしろ長い見張り生活に彼女自身が力尽きて、何をどうすればいいのか頭がまったく働かない状態になり、ただひたすら眠りに落ちたかったのだろうと推測します。もし殺意があるならば、枕元に大量の水を置く必要はありません。

8.なぜ救急車を呼ばなかったのか?

 これまでの経緯から、救急車を呼ぶことをためらった理由は、容易に想像がつきます。

 (1)本人が病院に行くこと、救急車を呼ぶことをずっと拒否していた

 (2)アルコール依存症者の否認は強固で攻撃的になることすらあり、説得は非常に難しい

 (3)日頃から暴力があり、本人の意思に反すると、後に暴力を受ける可能性がある

 (4)これまでに、救急車を呼んで入院しても医療者に暴力をふるうなどして自己退院し、周囲に迷惑をかけた経緯があり、それを繰り返すことは避けたかった

 (5)これまで、医療にかからなくてもなんとか自力で回復していた(実際、アルコール依存症の人は、酒が切れてしばらくすると、瀕死の状態からうそのように回復することがよくあります)

 (6)医療に対する不信感が奥底にあった

 (7)長年の間に、異常な状態にあまりにも慣れてしまい、危険性を感じる普通の感性が失われてしまった(どう働きかけても自己破壊をやめようとしない人と長年一緒に暮らしていると、ふつうの感性は鈍ってしまいます。逆に言えば、感性を閉じなければ、とても一緒にはいられないのです)

 (8)衰弱の状態がそれほど緊急なものとは把握できなかった(アルコール依存症者の衰弱の状態を的確に認識し把握することは、医療関係者にも難しいでしょう)

 (9)被告自身が精神的疲労の極致にあり、状況を的確に把握し判断したり、人の援助ができる状態ではなかった(Mさんこそが、切実に援助を必要としていた状態だったのです。実際に、うつや心身症で治療を受ける妻は多く、彼女も精神科を受診すれば同様の診断を受けていた可能性は高いと思います)

終わりに

 長い間、アルコール依存症者の妻として負いきれない重荷を背負って生きてきたMさんが、夫の枕元に大量の水を置くという行為を最後に力尽き、前後不覚の長い眠りにおちてしまったとしても、責めることはできないと思います。目覚めたとき、階下から物音がしないので恐くなり、自分が世話をしなかったために死なしてしまったのではないかという自責感からドアを開けられず、死を確認するのに数日かかったことも理解できます。意を決してドアを開け、やはり死んでいたかと呆然となり、贖罪の気持ちで遺体や部屋を清めながら心を鎮め、2日後にようやく交番に赴いたが、世間体を考えて嘘をついてしまう、その心理も十分理解できます。

 もちろん、救急車を呼ぶという選択肢もあったでしょう。それを否定するわけではありません。でも、救急車を呼ぶ「義務」がはたして彼女にあるのでしょうか? 危険な状態だと判断する能力が彼女にあったのでしょうか? そして、救急車を呼べばすべてOKだったのでしょうか? 私たちの答えは「否」です。 

 Kさんは50代の立派な成人であり、アルコール依存症による連続飲酒で身体的に衰弱はしていましたが、痴呆や意識障害があった形跡はなく、自分の生死を自己選択できる状態にありました。彼は妻に見捨てられ「殺された」のではなく、自ら回復を拒んで死を選んだのだと私たちは判断します。

 あのとき妻が彼の意思に反して救急車を呼んでいれば、あるいは延命できたかもしれません。しかし、彼がアルコール依存症という根本の治療を拒否するかぎり、また連続飲酒発作を繰り返して、早晩、命を落とすことになっていたでしょう。アルコール依存症とは、死と隣り合わせの過酷な病気なのです。彼の命を救える人は、彼自身しかいないのです。救急車を呼べば助かる、というような安易なものではないのです。

 妻に救護責任を課した2審の判決の背景には、「妻たるものは夫の世話をするもの」「夫の健康管理は妻の責任」とする日本社会の「常識」が仄見えます。しかし、アルコール依存症には、その常識が逆作用となります。Mさん自身もこの常識に縛られていたからこそ、すべての責任を背負い、世話をし続け、近隣に危害を加えないように会社を休んで見張り、力尽き、自分がいながら死なせてしまったことを恥ずかしく思って嘘をついてしまったのです。判決は、そんな彼女にまだ「妻としての責任をとれ」と、突きつけています。

 アルコール医療の根幹である「自己責任」は、生死をかけた厳粛なものです。こうすることでしか、アルコール依存症者の命を救うことができないのです。誰かが世話をしてくれるかぎり、誰かが自分の責任を肩代わりしてくれるかぎり、依存症者は飲み続けます。そして、その延長線上にあるものは破滅と死なのですから。

 2審の判決は、アルコール医療の根幹を揺るがすものです。

 私たちが危惧しているのは、今後、依存症者の妻たちが、過大な責任を手放すことを二重の意味で恐れるようになるのではないかということです。一つは、自分が手放したら、依存症者が死んでしまうのではないかという恐れ。そしてもう一つは、それが法的責任を問われ、もしかしたら殺人罪にまでなるかもしれないという恐れです。

 そうなれば援助者も、「自己責任」を貫く援助方針に対し尻込みするようになるでしょう。

 これが判例となってしまうことの悪影響には、計り知れないものがあるのです。

※残念なことに、Mさんは、最高裁への上告の途上、2004年3月に急性肺炎で亡くなりました。死後約四日たって知人に発見されるという孤独な死でした。自責感で自らを追いつめてしまったように思えてなりません。

被告の死亡により、裁判は終了となりました。Mさんのご冥福をお祈りいたします。

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