◆コロンボの機転

 どのくらい時間がたっただろうか。シラーフが目を醒ましたのはふかふかのベッドの中だった。

「うーん、たしか、ノウ特別地区で何者かに襲われて息ができなくなったまでは憶えているのだが……。まだ、頭がズキズキする」

 周りを見回した。少しベージュがかった白っぽい壁に、赤茶色の大きな飾り棚があった。中にはたくさんの本が並んでいた。ベッドの横にきれいな化粧台があるところをみると、どうやら女性の部屋らしかった。

「ここはいったいどこだろう」

 見知らぬ場所ではあったが、落ち着いた色合いになんとなく親しみがもてた。シラーフはゆっくりベッドから起き上がった。と、物音を聞きつけたのか、

「ウォン・ウォン」

 隣りの部屋でコロンボの声が聞こえ、同時にドアが開いた。



「おめざめになりました?」

 どこか見憶えのあるスラッとした女性が入ってきた。

「あっ!」

 シラーフは小さく驚きの声を上げた。そう、少しふけてはいたものの、ミス・ハートに間違いなかった。シラーフはふとんの中に潜り込みたい気持ちをぐっと押えた。

「シラーフさん、でしょ」

 確信をさらに確かめるようにミス・ハートはいった。20歳年をとったミス・ハートと、昔のままのシラーフが同じ部屋で向かい合ったのだ。

「コロンボの先導で救急車がやってきたときには本当にびっくりしましたわ。その中から、意識を失っているあなたが運び出されたときには、心臓が止まりそうな思いでした」

「……」

 シラーフは声が出せなかった。

「20年前と全く変わらない、昔のままのあなた。私だけがこんなに年をとってしまって……。今、目をさまされたら、どうしましょう。このまま眠り続けていてくれないかしら、なんて変なことを願ったりして。おかしいでしょう」

「……」

「このあいだ、コロンボが突然やってきたときに、なんとなくこんなことが起こるのでは、という予感はありましたのよ」

 ミス・ハートの流れるような声は相変らず美しかった。落ち着きを装っているものの、両手を強く握って、こみ上げる感情をぐっと抑えているのがシラーフには痛いほどよくわかった。

「実は……」

 シラーフは初めて口を開いた。スカルピー教授との出会い、タイムトラベル号で20年後の世界にやってきたことをまず手短かに話した。

「そうでしたの」

 ミス・ハートはなぜか寂しそうに相づちをうった。シラーフには、なぜミス・ハートが寂しそうに答えたのか、そのときは全く理解できなかった。そして、シラーフは20年後にみたイブクロ広場やカンゾウ地区の変化、シンゾウ町の様子、そしてノウ特別区で遭遇した事件のことなどを熱っぽく次々と説明した。