◆ミス・ハートとの再会

 地下鉄カンジョウ線でウシンボウ地区に降りると、「ドクン、ドクン」というリズミカルな音がシラーフを迎えた。

「ここは昔のままだ。よかった」

 内心ほっとして、ミス・ハートの家があるウシンシツ地区へ向おうとした。と、そのとき、リズミカルな音が急に変化した。

「ドンドンドット………トン」

 突然早くなったかと思うと、しばらく間をおいて、トンと鳴る。町全体もこの変則的なリズムに合わせて揺れ動く。

「うーむ。20年前の事件のときとは、少し違うな。あのときは単にドッドッドッドと間隔が早くなっただけだった。今度のはリズムそのものがデタラメになっている」

 シラーフは、ほんの少しの変化に敏感になっていた。とくに、しばらく間をおくところが非常に気になった。

「一瞬の沈黙は、永遠の沈黙につながる」

 尊敬するオンザロック・ホームズの言葉を思い出していた。言わなければいけない時に一瞬ためらって言うことをやめ、しなければいけないときに一瞬ためらってしないと、言う機会、する機会を永遠に失うことが応々にしてある、という意味である。とくに、探偵のような危険な職業では、一瞬のひるみで永遠に命を失いかねない。

 シラーフはウシンシツ地区へ急いだ。ミス・ハートの家は20年前と同じ場所にあった。白い建物は少し汚れてどこか寂しげだった。

「呼びリンを押そうか、押すまいか」

 シラーフは悩んだ。元気かどうか会って確めたいのはやまやまだけれども自分は20年前のまま、ミス・ハートはあれから20歳も年をとってしまっている。ミセスになっているかもしれない……。複雑な思いにかられた。そのとき、今まで無言だったコロンボが突然「ウォンウォン」と吠え、ハート家に向って走り出した。



 シラーフはなぜか物陰に身を隠した。ドアが開いた。青白い顔をした女性が現われた。少しやつれてはいたものの、品のある顔立ち、センスのある着こなし、ミス・ハートに違いなかった。

「……」

 しばらく、ドアの前にお座りしてシッポを振っている犬をみつめていたミス・ハートは、突然、

「コロンボ!」

 と叫ぶや、コロンボに抱きついた。顔がみるみる紅潮し、全身で喜びを表わしているのが、少し離れたところにいるシラーフからも見えた。ミス・ハートは突然思い出したように顔を上げ、あたりを見回した。シラーフには、ミス・ハートが自分を捜していることはわかっていた。しかし、足が一歩前に出ることを拒否した。

 いかにもガッカリした様子で立ち上がると、ミス・ハートはコロンボを家の中に招き入れ、ドアを閉めた。