◆名探偵シラーフの住まい



 探偵シラーフの住まいはモーチョウ地区にあった。ここは、往来の激しいイチョウ通りから、少し奥まったところにあって、うっそうと草木が茂り、今はもう忘れ去られてしまった古い洋館がいくつか、木立の中に埋まっていた。

 すでに廃屋になってしまった洋館もある。探偵シラーフが、この時の流れから取り残されてしまったような町に移り住んできたのは、3年前のことだった。古い洋館の一つを借り、住みやすいように少し手を加えた。
「ここには本当の時間がある。時代に取り残されているからこそ、時が生きている」

 暖炉の火を見つめながら、シラーフはいつも思うのだった。かたわらには、ドテッと床に寝そべる犬のコロンボがいた。コロンボがいつからこの洋館に住んでいるのか、シラーフは知らない。シラーフが移り住む前から、「彼」は居場所をしっかり確保していた。

 昼間は、日当りの一番いい二階の角の部屋を占拠しているし、夜になると、暖かい暖炉の前に長々と横たわっている。

 犬の種類にはあまり詳しくないシラーフだったが、その大きな図体、ふてぶてしいまでにシラーフを無視した目つき、暖炉なんか必要ないほどの深々とした毛足からから考えると、どうも、雪の山岳地帯で遭難者を助ける、あの犬に違いなかった。首から、オー・ド・ヴィ(生命の水)なんて樽をぶら下げているやつだ。

 寝そべっている以外の時間は、コロンボはどこかに散歩に行っているらしく、あまり姿を見せなかった。初めのうちは食事を与えようとしたのだが、例のバカにしたような目つきをチラッと向けて、スタスタと自分の居場所に座り込むものだから、このごろは、もうお互いの生活をあまり干渉しなくなった。

 かといってコロンボがシラーフを完全に無視しているかというとそうでもない。
 シラーフにとって、文明社会との唯一のパイプである電話のベルが鳴ると、コロンボはムクッと顔をもたげ、話をしていると、そのどこにあるかわからないモコモコの耳をそばだてている。

 電話が終って暖炉の前のロッキングチェアにもどり、読書を始めると、コロンボもまた安心したようにうたたねを始めるのだった。